岡山県の南西部に位置する浅口市鴨方町。車を走らせていると、背の高い大きなタンクや看板に書かれた「喜平」の文字が現れました。平喜酒造の目印です。
こちらで長年お酒を造られている備中杜氏の原さんに、酒蔵を案内していただきました。
平喜酒造発祥の地は、静岡県掛川市です。江戸時代の米問屋が起源とされ、酒造りは明治時代初期から始まりました。
1928年(昭和3年)、お酒の原料となる米の栽培が盛んで、備中杜氏と呼ばれるお酒造りのプロもいたことから、岡山県へ蔵を移しました。現在は岡山県浅口市の蔵を中心に、静岡県静岡市と浜松市でも醸造されています。
平喜酒造の酒蔵
平喜酒造には、昔ながらの手法でお酒を造る『手造り蔵』と、近代システムが整備された『黎明蔵』があります。
平喜酒造を支える昔ながらの「手作り蔵」
この蔵が動き出すのは12月から3月ごろまで。訪れた10月は醸造作業が始まっていないので、ひっそりとしていました。手造り蔵は、イメージしていた《酒蔵らしさ》が詰め込まれた趣ある雰囲気。建物自体は、昭和30年代中頃〜後半に建てられたものだそうです。中は少しひんやりした空気で、古い家屋にある土間のようでした。
手造り蔵では、1つ1つの作業も道具の管理にも手間がかかります。それでも“昔ながらの手造り”を続ける理由は、お酒の品質向上にありました。
最初に見せていただいたのは、地面に埋まった大きな釜。お米を蒸すときに使います。釜に水をたっぷり溜めてお湯を沸かし、釜の上に木の板を置いて、さらにその上にお米の入った木桶を置きます。板と木桶にはそれぞれ穴が開いており、そこから蒸気が入ってお米が蒸せるというわけなのです。多い時には約500㎏のお米を洗い、木桶に入れ、蒸しあがったお米はスコップで掘り出します。すべて手作業で大変な作業です。
「岡山にはたくさんの酒蔵さんがありますが、手造りのお酒を作るときにこのような昔ながらの和釜を使うのは、おそらく平喜酒造だけですね」と教えていただきました。平喜酒造ならではの光景、迫力が目に浮かびます。
お米は、岡山産の酒造好適米『雄町』と『山田錦』、こちらも岡山県産の大粒食用米『あけぼの』、新潟産の酒造好適米『五百万石』が使われています。
お米はこだわりの自家精米。精米は、お酒の味や品質を左右する大切な作業です。毎年微妙に異なるお米の性質に合わせて、精米歩合や磨く時間を調整されています。また、仕込み水は、浅口市にある遙照山の地層を潜り抜けてきた水を使用。この水は、地層成分によって自然に磨かれた、お酒造りに最適な水質となっています。
「手造り蔵で好きな部分は『木』なんです」と原さん。道具の素材は木材が中心で、酒造りの部分にはステンレスや機械をできるだけ使わないようにしていました。部屋の奥には、麹室があります。ここも、もちろん木材を使用。周囲の壁の素材と違い、この部屋の面だけ杉の木を使った壁で、外気温の影響を受けないように部屋の壁の中や天井には断熱材や籾殻が入っていました。
手造り蔵では、杜氏や蔵人が “本当に旨い酒”を目指してお酒造りに取り組みます。お酒の味は、お米の出来によって多少変動するので、毎年収穫されたお米に合わせて“高品質”を目指したお酒を造ります。経験や技術を集結して醸造し、少し気を緩めればすぐに質が落ちてしまうようなシビア世界です。
もう1つの蔵、酒造工場『黎明蔵』では、温度・湿度などをコンピューターで管理し、安定した品質のお酒を大量に醸造しています。この管理システムに取り入れられているデータは、手造り蔵の酒造りを通して得たものです。品質を極めた手造りを経験した上で、得たデータを扱いシステムに反映するからこそ、工場で醸造されたお酒の品質もさらに高められています。手造り蔵は、平喜酒造のお酒の根幹なのですね。
四季醸造の実現 システム化された酒造工場『黎明蔵』
工場での醸造は、蔵人の減少をきっかけに1989年(平成元年)から始まりました。また、試行錯誤の末、1995年(平成7年)には管理システムも導入。人の手をかけないながらも、工場内の温度・湿度管理を徹底して、季節を問わず常に安定した品質の酒造りを可能にしています。
《工場の様子》
▼制御室では、温度調節等すべての工程を管理しています。元データは、手造り蔵で取られたものです。
▼連続蒸米機。手造り蔵でいう釜の役割をします。1時間で2200㎏ものお米を蒸すことができます。蒸米はそのままベルトコンベアで運ばれ、放冷機で冷まされます。
▼仕込みタンクは約7〜8mあり、約4~5万ℓのお酒が入ります。覗き込むと、足がすくむほどの高さです。タンクの中には、仕込んだお酒をかき混ぜる羽が付いています。酒造りの理想的なお米の粒は、中身のでんぷん質が液体で、軽く押してプチっと潰れるようなものだそう。そのため、お米を傷つけてしまわないよう、羽はクロールするように縦にゆっくり混ぜられる仕組みになっています。