岡山県には、吉備路と呼ばれる人気観光地があります。吉備路は、岡山市西部から総社市にかけて総称した呼び名で、古墳や五重塔など数多くの史跡が残り、美しい田園風景が広がる歴史の深い地域です。酒処としてはあまり知られていませんが、万葉集に「吉備の酒」と詠まれるほど、はるか昔から酒造りが盛んに行われていた場所でもあります。この吉備路に明治時代から蔵を構える酒蔵、「ヨイキゲン」の4代目杜氏 渡邊さんにお話を伺いました。
ヨイキゲンは、1907年(明治40年)に倉敷市真備町服部で酒造りが始まりました。屋号は「富貴(ふき)」で、当時の商標は「富禄正宗(ふろくまさむね)」、1921年(大正10年)の清酒品評会では優等賞を受賞しています。その後、商標を「酔機嫌(よいきげん)」とし、1967年(昭和42年)には、より良い酒造条件を求めて現在の総社市清音の地に移転しました。
その後、酒類の多様化や消費減少に対応するため、2018年(平成30年)に酒蔵大改革を行い、最盛期2000坪あった蔵を解体。その内の500坪の土地に現酒蔵を建設しました。新しい酒蔵では、製造蔵の空調完備や少量甑、新たな麹室などの設備も導入しています。
また、日本酒については長年造り続けていた普通酒の製造を完全に止め、こだわりの特定名称酒以上の日本酒のみを造ろうと決断。製造に関わるのは渡邊さんと先代杜氏の2人だけですが、「小さな酒蔵だからこそ、一つ一つの工程を大事にした酒造りができる」と考え取り組んでいます。
《酒蔵の様子》
▼解体前(上)と現在(下)の酒蔵。現在は、酒蔵というより工房に近い雰囲気の蔵となっています。
商品へのこだわり
ヨイキゲンでは「日本酒」「リキュール」「甘酒」を製造・販売しています。「ヨイキゲンならではの特色を生み出そう」という想いから、新商品の開発にも積極的に挑戦されています。
《日本酒》
お米は、岡山産の酒米「雄町」、食用米の「アケボノ」と「朝日」が使われています。代表銘柄「碧天(へきてん)」は、雄町米を使った純米造りです。仕込み水は、高梁川伏流水を地下30mより汲みあげたもので、水質はやや硬水となっています。一本の仕込み量は総米1000kg以下にして細かなモロミ管理を行い、お米の旨味を十分に引き出せるよう丁寧に醸造されています。目指すのは、穏やかな香りとキレのよい味わい。飲み飽きせず料理の味を引き立て、食中酒向きの日本酒です。
《リキュール》
フルーツ王国岡山らしい、果物がふんだんに使われたリキュールです。総社市産の白桃、倉敷市産のみかん、矢掛町産の梨は、生果をまるごと仕入れて皮むき作業から手掛けています。
特に「みかんミント」などのフルーツとミントを合わせたリキュールは珍しく、ヨイキゲンにしかない人気の高いお酒です。
▼リキュールに使用しているミント。岡山県矢掛町で栽培された和ハッカで、ふわっと甘く優しい香りがします。ハッカは水と一緒に蒸留し、その蒸留水をリキュールの割水に使うため、ミントの香りが残るお酒に仕上がります。
▼「リキュール、特に『みかんミント』や『ゆずミント』は、ソーダ割や牛乳割、ビール割で飲んでもイケますよ」と渡邊さん。つぶつぶの果肉も入ったフレッシュなリキュールです。
《甘酒》
無添加、無加糖、ノンアルコールの甘酒は、丁寧に時間をかけて作った麹と蒸米のみを使っています。一度見たら忘れられない、可愛らしい動物ラベルが目印です。
地酒を楽しめる場所づくり
地元の人や観光客に地酒を飲んでもらいたいと、ヨイキゲンではたくさんのイベントを開催しています。「春の新酒祭り」や「秋の蔵開き」では、お酒の販売はもちろんのこと、餅つきをしたりライブをしたり、「夏の晩酌市」ではバーベキューコンロを並べて来場者が自分で持ってきたものを自由に焼いて食べるコーナーを用意したり。ローカル線 井原鉄道のレトロな特別車両を貸し切って電車内でお酒を楽しむ「ホロ酔い電車」も行っています。電車は、岡山県の清音駅から井原駅までを約2時間かけて往復運行し、風景を眺めながら、地酒を嗜む…。まるで電車旅をしているかのような、地酒とローカル線の魅力溢れるイベントとなっています。
また、倉敷市の人気観光地 美観地区には備中の地酒バル「粋酔日(すいようび)」を開店しています。主に備中地域のお酒を取り揃えており、気軽に地酒を楽しむことができます。カウンターが中心のこじんまりとした店内ですが、気さくな店長とスタッフが迎えてくれるお一人様でも入りやすい雰囲気のお店です。
《備中の地酒バル 粋酔日》
住所:岡山県倉敷市中央1丁目13-3 池田ビル1F
営業時間:17:00~23:00(ラストオーダー22:30)
定休日:毎週月曜日
※2023年1月現在
酒蔵 ヨイキゲン
酒屋の減少により、ヨイキゲンのお酒の販売は、海外輸出がメインとなりつつあります。県内では、地元のお土産品を販売しているような限られた店にしか置いていないため、ヨイキゲンって何の会社と思われることも多い現状です。「製造だけに留まっていてはいけない。少しでも、ヨイキゲンではお酒を作っていると認識してもらえるように、情報発信していくことが課題ですね」と渡邊さん。日本酒のみならず、新感覚のリキュールや甘酒の製造、イベント開催や地酒バルの開業、そのほかにも、地元学生とコラボして商品開発に取り組むなどフットワーク軽く活動されています。
酒離れが進む中、「地元の人、特に若い人に飲んでほしい」という想いも聞かせていただきました。飲めるけど飲まない方へちょっと嗜んでみないかと提案できるような、お酒造りやお酒に触れる機会を提供しています。地元を愛し愛されるヨイキゲンのお酒を、まずは一口楽しんでみませんか。